宮本百合子

 何故、この白髪蓬々の、膝からじかに大きな瞼に袋の下った顔がくっついているように見える程腰の曲った婆さんが、姓も名も呼ばれず、沢やという屋号で呼ばれているのか? 亭主はあったのか? なかったのか? 何か沢やらしい商売でもしていたのか? つい先頃、後妻にいじめられ、水ものめずに死んだ石屋の爺さんが、七十六かで、沢や婆さんと略同年輩の最後の一人であった。その爺さえ、彼女の前身を確に知ってはいなかった。まして、村の若い者、仙二位の男達だって、赤児で始めて沢や婆さんの顔を見、怯えて泣き立てて以来、見なれて、改った身元の穿索もせずに来た。村の往道に一本、誰のものとも判らない樫の木が飛び生えていた。その樫の木はいつ其那ところへ芽を出したのだろうとは誰も考えもせず、永年荷馬車を一寸つないだり、子供が攀じ登りの稽古台にしたり、共同に役立てて暮して来た。沢や婆さんの存在もその通りであった。村人は、彼女が女であって、やはり金や家や着物がないと暮して行けない――自分と同じ人間であることも忘れたようになって、或る時は呼んで按摩をさせた。或る時は留守番をさせ、或る時は台処の土間で豆をむかせた。何かさせれば、大抵その晩は泊めてやった。勿論食事もさせる。場合によっては金もやったが、沢や婆は、ちゃんと金の貰えるようなことは何一つ出来なかった。

月そそぐいずの夜
揺れ揺れて流れ行く光りの中に
音もなく一人もだし立てば
萌え出でし思いのかいわれ葉
瑞木となりて空に冲る。

乾坤を照し尽す無量光
埴の星さえ輝き初め
我踏む土は尊や白埴
木ぐれに潜む物の隈なく
黄朽ち葉を装いなすは
夜光の玉か神のみすまるか
奇しき光りよ。

 本郷というと、お七が火をつけた寺などもあるのだが全体の感じは明るい。それが巣鴨となると、つい隣りだのに、からりとした感じは何となく町に薄暗い隈の澱んだところのある気分にかわって、実際家並の灯かげも一層地べたに近いものとなった。兵営ともちがう赤煉瓦のそんな高塀は、折々見かける柿色木綿の筒袖股引の男たちの地下足袋と一緒に、ごたごたした縞や模様ものを着て暮している老若男女の生活に、一種の感じのある存在で、馴れながら馴れきれないその間の空気が、独特の雰囲気を醸してその町すじに漂っていた。
 大震災の後は市中の様子が大分変った。この町のあたりも、新市内に編入されると同時に市区改正がはじまって、池袋から飛鳥山をめぐって日暮里の方へ開通するアスファルト道路やそれと交叉して大塚と板橋間を縦断する十二間道路がついたりして、面目が一新した。
 数日前まではそっちの片側がごったかえされて通行止だったのが、きょうはここが通れなくなっているという塩梅の十幾月かがつづいて、ある年の春の日ざしが、やっと通行のきくようになった真新しいコンクリの歩道を一筋白く光らせた時、人々は胸の奥から息をつくようなおどろきの眼でその歩道から目前にぱーっとうちひらいた広い大きい原っぱを眺めた。昔からあった赤煉瓦の高塀は、跡かたもなくなっていた。トゲのついたざっとした針金の垣根で歩道との間を仕切られて、その垣根から歩道へ雑草の葉っぱを町はずれの景色らしくはみ出させながら、草原は広々と遠くまでひろがっている。いくらかむこう下りの地勢で、遠くの草の間に茶畑のあとらしいものが見えた。ちょいとした畑のようなものも見える。附近の子供らはその空地をすてておく筈がなく、遊ぶ声々はきこえているが姿はよく見えない。原っぱはそんなに広闊である。さえぎるものなく青空も春光を湛えてその上に輝いている。

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